大学数学の学び方に関して感じたこと
大学数学 — 学習の態度と実践
誰しも通る道なんだろうなと思いながらも、今更ながらに気づいたことを書きます。 大学レベルの数学を学ぶ際、単に証明を追うことに固執するよりも、論理の大局、豊富な例と反例、そして直観や応用を押さえた方が、結局は理解が深まるということです。 むしろ、数学を学ぶうえで本当に重要な要素ほど、案外数学書には明示的に書かれていなかったりします。
気づきというか反省
確かに数学の証明は魅力的です。 正しい論理を順にたどれば、その命題の正当性を厳密に確認できますし、その明晰さこそが数学の魅力の一つでもあります。 しかし、実際の学習では証明そのものに没入しすぎると簡単に罠に陥ります。 というか、思い切り陥りました。苦しかったです。 教科書に載っている証明は、多くの場合目的に合わせて完璧に整理された最終形であり、初学者がそのままなぞっても、その証明が生まれた背景や核心の洞察をすくい取れないまま、丸暗記に近い状態になりがちです。 典型例が、極限の議論でのεの選び方ですね。
私の場合は、証明を書き写すことよりも「その証明がどんな意図で組まれているのか」「核心の洞察はどこにあるのか」を言語化するようにすると、かなり楽になりました。 誰かに説明するつもりで整理すると、証明も自然に組み立てやすくなります。 特に、多くの例と反例を考えることは大変有効でした。定義を満たす例をいくつも作ったり、仮定を緩めて反例を探したりすることで、その定義や定理の効いている部分が少しずつ分かってきます。
また、個々の証明に深入りする前に、分野全体の地図をつかむことも非常に有益です。 3blue1brownのモンスター群の動画は、その最たる例だと思いました。 (彼の動画は総じて最高です。) 形式的な定義だけでは見えない「概念の心臓部」を視覚的に示そうとしており、抽象概念のお気持ちをつかむ練習として大いに役立ちます。 多様体や位相空間での連続写像の感覚も、同じように抽象と直観を往復することでようやく立ち上がってきます。
例と似ていますが、応用先を探すのも非常に良い方法です。 現実世界での応用を見てもよし、演習問題を通して理論的な応用を実感してもよし。 とにかく、その定理を自分の手で使ってみる経験は欠かせません。 数学はこちらが血を流すまではこちらを愛してくれませんから、地道に戦う必要があります。 演習を解くことは精神衛生的にも素晴らしく、今の自分と問題の要求水準の差がはっきりし、解けたときのモチベ回復力は偉大です。
数学書の方法に沿う必要はない
最も言いたかったのはこれかもしれません。 数学を学ぶとき、必ずしも数学書の方法に沿う必要はありません。 数学書は確かに洗練されていますが、それが初学者にとって最も効率の良い学び方とは限りません。 だからこそ、多様な視点をもち、3blue1brown 的な「広い理解」を先に作ってから数学書に挑むというアプローチも、もっと積極的に採ってよいのだと思います。
(もちろん当然ですが、数学書は論理的に正しく、文献として信頼できます。 そして最終的には、自力で証明を構築できることが目標であることに変わりはありません。)
自分の中にあるバイアスが強いからか、ツールとルールの違いを認識することは案外難しかったりするんですよね...。