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必修科目:渡邊雅子『論理的思考とは何か』

新書 - 論理性

 「論理的である」とは何でしょうか。 数学科に所属している自分にとって、論理といえば数理論理学の世界がまず思い浮かびます。 以前は数理論理学以外にも論理的な事柄はあるという指摘に対して、あまり共感できませんでした。 というより、実感がわきませんでした。 今回、この本を読んで、それが単なる学問上の分類ではなく、日常の会話や文章理解、試験問題の解き方に直結する実感ある区分だということが理解できました。 面白かった話(大きいのと、小さめの)を書きとどめておきたいと思います。

論理性とは何か

 Kaplan(1966:5)によれば論理的の定義は上のようになるそうです。 となると、我々は自分以外の人間が期待する物事の論じ方について知らなければなりません。 本文では、論理性は4種類に大別されると語られていました。 復習程度に触れておきます。

  1. 経済領域(形式合理性による主観的判断)
     効率的かつ費用対効果の高い方法を選ぶための論理です。 本文では、遡及的推論という言葉が用いられていました。 何かを論じるとき、結論ありきで論が展開されることが多いです。 5パラグラフエッセイやビジネス文書はほとんどこのタイプだと思います。
  2. 政治領域(実質合理性による客観的判断)
     合意された客観的な手続きに従って、慎重に議論する方式です。 弁証法がその代表例です。 フランスのディセルタシオンが具体例でしょう。 結論ありきではなく、多角的に物事を検証します。
  3. 法技術領域(形式合理性による客観的判断)
     定言命法的に与えられた事柄から演繹する論理体系です。 経典などの事柄をイメージしてもらえるとわかりやすいかもです。 とにかく演繹的です。イランのエンシャーがこれに該当します。
  4. 社会領域(実質合理性による主観的判断)
     社会の構成員は互いに異なることを認めたうえで、共感によってその溝を埋めようとする論理体系です。 実際に社会で論理的と認められていることには、共感によって説明できることがあるという意味で、これが論理的だと説明されているのだと思います。 蓋然的推論と表現されています。 日本の感想文、作文などがこれに該当します。

 これらの論理性には対応する地域があって、その差異は重視される教育によって生じるという面白い事実があるのですが、それは今回は置いておきます。

 今となっては、当然のことだと感じるようになってしまいましたが、この四つを知ったときはとても衝撃的だったことを覚えています。 自分が得意とする形式的な論理は非常に強力ですが、それだけで人と通じ合えるわけではなかったのです。 他者との会話や試験問題の解き方では、説明的・共感的な論理が鍵になる場面が多々あります。 アリストテレスの『弁論術』にもそのような記述がありました。 いかなる場面でも、他人と話すときには「相手はどの軸を基準に話しているのか」を意識する必要があると改めて強く認識しました。 4つの論理(演繹的推論、蓋然的推論、遡及的推論、弁証法)を正しく見抜けるようにしたいです。

 率直に言うと、私は共感力が高くないことを自覚しています。 今思えば、国語のテストの出来が悪かったのも納得です。 妙に納得できますが、悔しい伏線回収ですね...。

海王星発見の話

 特に面白いと思った話の一つに海王星の発見がありました。 遡及的推論(アブダクション)は、論理的に必ずしも正しいとは限りませんが、同時に未知のものの発見や仮説生成といった思考の飛躍を可能にしてくれます。

 19 世紀、天文学者たちは天王星 が軌道をわずかに乱すことに気づいていました。 古典的な力学に従えば、天体の軌道が乱れる場合、その原因となる外的な引力源がどこかに存在するはずです。 しかし、既知の天体をすべて考慮しても説明がつかなかったのです。 ここで必要となったのが、まさに遡及的推論(アブダクション)でした。 彼らは、観測されたわずかな軌道のズレという結果から、その背後にあるはずの原因へと遡及しました。 「もし既知の惑星とは別に、天王星を引っ張る未知の天体があるとしたら?」という仮説です。 当然ながら、この仮説は論理的に必然ではありません。 ズレの説明は他にも考えられたはずで、単なる計算ミスや観測誤差の可能性だってあったでしょう。 にもかかわらず、彼らはあえて常識を取り払い、この大胆な仮説に賭けたのです。 ここで興味深いのは、彼らが「未知の惑星がある」とただ言ったのではなく、その惑星がどの位置にあり、どれほどの質量をもつべきかを、観測されたズレから逆算した点です。 結果から原因へと遡っていく推論の典型であり、まさに遡及的推論が本領を発揮する瞬間でした。 そして、ベルリン天文台の観測者が望遠鏡を向けたとき、計算で予想された位置のすぐ近くに実在する惑星(つまり、海王星)が見つかりました。 この瞬間ほど、「飛躍」した推論が現実の世界に橋を架けることを示した例は多くないように思います。 チ。みたいな感じでアニメ化とか期待してます。

 この話の教訓は、遡及的推論は単なる破れかぶれの仮説生成ではなく、未知を照らすための有効な思考の道具でもあるということです。 日常的には、蓋然的推論のように「みんながそう考えるから」という常識に寄りかかった判断をしがちですし、科学では観測を積み重ねる帰納的推論が尊ばれます。 けれども、常識や通念をいったん横に置き、「事実の異常さ」を手掛かりに新たな原因を構想するという態度が、深い発見を生むこともある。 こういった論理性を意識しておけば、微分方程式みたいな場面でも役に立つのかもなと思いました。 もっと応用できる場面はたくさんあるはずで、この論理性を意識できるようになったこと自体が大きな収穫でした。