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有理数を介さない自然な実数の構成

解析学 - 実数論

導入

 2003年に A'Campo により提案された、整数を用いた自然な実数の構成について紹介します。 この方法は有理数を仲介せず整数から直接実数を得る点で興味深く、また演算の定義も自然です。 この記事では詳細な補助的計算は簡略化しますが、論理の流れは保持するつもりです。

  最初に、本記事で目標とする「実数」が満たすべき性質を明確にしておきます。 実数は順序と代数構造の両方を持つような綺麗な数体系です。

定義1:順序体

体 \((F,+,\cdot)\) に全順序 \(\le\) が入っていて、任意の \(x,y,z\in F\) について \[ x\le y \implies x+z \le y+z, \qquad 0\le x,\ 0\le y \implies 0\le x y \] が成り立つとき、\((F,\le)\) を 順序体 という。

定義2:完全順序体(条件完備)

順序体 \((F,+,\cdot,\le)\) が「任意の非空部分集合 $S\subset F$ で上に有界なものは必ず上限 $\sup S$ を持つ」を満たすとき、これを 完全順序体 または 条件完備 であるという。

 実数 \(\mathbb R\) を「完全順序体」として特徴づけます。 この定義は順序と代数を同時に扱うため扱いやすく、Dedekind の切断や Cauchy 完備化が与える構成が目指す性質と一致します。 完全順序体は同型を除いて一意です。

定理3:完全順序体の一意性

任意の二つの完全順序体は、順序を保つ体同型である。

 概略のみを述べる。 どの完全順序体にも有理数 \(\mathbb Q\) が自然に埋め込まれる。 任意の完全順序体 \(F\) の元 \(x\) に対して $Q_x:=\{q\in\mathbb Q\mid q < x \}$ を考えると、この \(Q_x\) は有理数の切断(Dedekind 切断)を与える。 逆に切断を用いて \(x\) を有理数で近似できるため、二つの完全順序体 \(F_1,F_2\) の各元を有理数の集合(または有理数列)を用いて対応させる自然な写像を定義できる。 完備性(最小上界性)を用いてこの写像が単射かつ全射であることを示し、体準同型かつ順序保存であることを確かめれば体同型が得られる。 詳細は標準的な教科書に譲るが、結論として「完全順序体は(順序を保つ)体同型で一意」である。 \(\square\)

したがって「実数」を「完全順序体」として定義すると、どの構成法(Dedekind 切断、Cauchy 完備化、 A'Campo の構成など)を取っても得られるものは同一(同型)であり、互いに置き換え可能になります。

スロープによる構成

 実数 \( \alpha \) そのものを整数で表すのではなく、 実数 \( \alpha \) に対応する線型写像 \( f_\alpha:\mathbb R\to\mathbb R,\ f_\alpha(x)=\alpha x \) を整数上の関数 \( \lambda : \mathbb Z\to\mathbb Z \) によって近似することで実数を表す試みが A'Campo の「スロープ」による構成法です。 実数を直線の傾きとみなせば、スロープ(slope) という名前も自然でと感じられるかもしれません。 直観的には、横軸に整数 \( n \)、縦軸に近似値 \( \lambda(n) \) をとった点列 \( (n,\lambda(n)) \) が直線 \( y=\alpha x \) の近くに並ぶと考えれば良いです。

定義4:スロープ

スロープとは、\(\mathbb{Z}\) 上の写像 \(\lambda:\mathbb Z\rightarrow\mathbb Z\) であって、 \[ \lambda(m+n)-\lambda(m)-\lambda(n)\qquad(m,n\in\mathbb Z) \] が取り得る値の集合が有限であるものをいう。つまり \(\{\lambda(m+n)-\lambda(m)-\lambda(n)\mid m,n\in\mathbb Z\}\) が有限集合であることを要求する。

定義5:スロープの同値

2つのスロープ \( \lambda,\lambda':\mathbb Z\to\mathbb Z \)同値であるとは、 \[ \{\lambda(n)-\lambda'(n)\mid n\in\mathbb Z\} \] が有限集合であることをいう。また、このとき \( \lambda \sim \lambda' \) と表記する。

 同値とは「傾きが一致している」ことを意味します。 切片や有限範囲での誤差の違いは無視されますが、 傾きそのものが異なる場合には、$n$ を大きくすると値の差が無限に広がるため 同値にはなりません。

定義6:実数(スロープによる)

同値関係 \( \sim \) によるスロープの同値類を 実数 と呼ぶ。

 この定義だけでは抽象的なので、具体例としていくつかの数をスロープで構成します。

1.整数の構成

 任意の整数 \( k\in\mathbb Z \) に対し線形写像 \[ \overline{k}:\mathbb Z\to\mathbb Z,\qquad \overline{k}(n):=kn \] は非線形性集合が \(\{0\}\) であるためスロープである。よってその同値類 \( [\overline{k}] \) を整数 \( k \) と同一視する。


2.有理数の構成

 有理数 \(p/q\)(\( p\in\mathbb Z,\ q\in\mathbb Z_{>0}\))に対応するスロープの一例は \[ \varphi_{p/q}(n):=\left\lceil\frac{p}{q}n\right\rceil\quad(n\ge0),\qquad \varphi_{p/q}(-n):=-\varphi_{p/q}(n). \] または(有理を導入していないので厳密には次の表記も用いる) \[ \varphi_{p/q}(n):=\min\{k\in\mathbb Z \mid qk\ge pn\}\quad(n\ge0), \] これらは一致し、この写像の非線形性は有限集合に収まるためスロープになる。


3.\(\sqrt{2}\) の構成

 \(\sqrt2\) を表すスロープの一つは \[ \rho(n):=\min\{k\in\mathbb Z \mid k\ge 0,\ k^2\ge 2n^2\}\quad(n\ge0),\qquad \rho(-n):=-\rho(n). \] 実際には \(\rho(n)=\lceil\sqrt2\,n\rceil\) と等しく、簡単な評価により \[ |\rho(n+m)-\rho(n)-\rho(m)|\le C \] となる定数 \(C\) が存在するため \(\rho\) はスロープである。さらに \(\rho\circ\rho\) は整数スロープ \(\overline{2}\) と同値であるため \(\rho\) の同値類は \(\sqrt2\) を表す。


4.\(\pi\) の構成

 円の面積 \(\pi\) は格子点近似からスロープで表せる。整数 \(n>0\) に対し円盤内の格子点個数 \[ B(N):=\#\{(p,q)\in\mathbb Z^2\mid p^2+q^2\le N\} \] を考え、近似 \(B(N)\approx\pi N\) を用いる。例えば \[ \beta(n):= \left\lfloor\frac{B(n^2)}{n}\right\rfloor \quad(n>0),\qquad \beta(-n):=-\beta(n) \] と定義すれば、雪江明彦『整数論 3 解析的整数論への誘い』にある事実などから、 \(\beta\) はスロープになる。よってその同値類が単位円の面積 \(\pi\) を表す。


演算の定義

定理7:和の定義と well-defined 性

実数 \(a,b\in\mathbb R\) を代表するスロープをそれぞれ \(\alpha,\beta:\mathbb Z\to\mathbb Z\) とする。点ごとの和を \[ (\alpha+\beta)(n):=\alpha(n)+\beta(n)\qquad(n\in\mathbb Z) \] と定める。この写像は再びスロープであり、その同値類をスロープの和 \(a+b\) として定める。

再びスロープとなること:

 実数 $\alpha$ に対して、集合 $E_{\alpha}$ を \[ E_\alpha:=\{\alpha(m+n)-\alpha(m)-\alpha(n)\mid m,n\in\mathbb Z\}, \] で定める。同様に \(E_\beta\) も定める。任意の \(m,n\in\mathbb Z\) について \[ \begin{aligned} &(\alpha+\beta)(m+n)-(\alpha+\beta)(m)-(\alpha+\beta)(n)\\ &=\bigl(\alpha(m+n)-\alpha(m)-\alpha(n)\bigr) +\bigl(\beta(m+n)-\beta(m)-\beta(n)\bigr). \end{aligned} \] 右辺は \(E_\alpha+E_\beta:=\{u+v\mid u\in E_\alpha,\ v\in E_\beta\}\) に属する。 よって、有限集合に収まり \((\alpha+\beta)\) はスロープである。


代表元に依らないこと:

 \(\alpha'\sim\alpha\)、\(\beta'\sim\beta\) のとき \(\alpha-\alpha'\) と \(\beta-\beta'\) の像が有限集合に収まるので、 \((\alpha+\beta)-(\alpha'+\beta')\) も有限値しか取らない。よって同値類は一意に定まる。 \(\square\)

定理8:積の定義と well-defined 性

実数 \(a,b\in\mathbb R\) を代表するスロープをそれぞれ \(\alpha,\beta\) とするとき、合成写像

\[ (\alpha\circ\beta)(n):=\alpha(\beta(n))\qquad(n\in\mathbb Z) \]

はスロープである。その同値類をスロープの積 \(ab\)(すなわち \(a\cdot b\))として定める。

再びスロープとなること:

 定理7の証明と同様に \(E_\alpha,E_\beta\) を定める。任意の \(m,n\in\mathbb Z\) に対して、ある \(u,u'\in E_\alpha\) と \(v\in E_\beta\) をとれば、 \[ \begin{aligned} &(\alpha\circ\beta)(m)+(\alpha\circ\beta)(n)-(\alpha\circ\beta)(m+n)\\ &=\alpha(\beta(m))+\alpha(\beta(n))-\alpha(\beta(m+n))\\ &=\alpha\bigl(\beta(m)+\beta(n)\bigr)+u-\alpha\bigl(\beta(m)+\beta(n)-v\bigr)\\ &=u-\alpha(-v)-u'. \end{aligned} \] 右辺は有限個の値しか取り得ないので \(\alpha\circ\beta\) の非線形性も有限集合に収まる。ゆえに \(\alpha\circ\beta\) はスロープである。


代表元に依らないこと:

 集合 $E_{\alpha,\alpha'}, \ E_{\beta, \beta'}$ を \[ E_{\alpha,\alpha'}=\{\alpha(n)-\alpha'(n)\mid n\in\mathbb Z\},\quad E_{\beta,\beta'}=\{\beta(n)-\beta'(n)\mid n\in\mathbb Z\}. \] で定める。 すなわち、$\alpha-\alpha'$ の像は有限集合 $E_{\alpha,\alpha'}$ に含まれ、 $\beta-\beta'$ の像は有限集合 $E_{\beta,\beta'}$ に含まれるとする。任意の $n\in\mathbb Z$ に対して ある $r\in E_{\alpha,\alpha'}$, $s\in E_{\beta,\beta'}$ および $u\in E_\alpha$ が存在して \[ \begin{aligned} (\alpha\circ\beta)(n)-(\alpha'\circ\beta')(n) &=\alpha(\beta(n))-\alpha'(\beta'(n))\\ &=\alpha(\beta'(n)-s)-\bigl(\alpha(\beta'(n))+r\bigr)\\ &=\bigl(\alpha(\beta'(n))+ \alpha(-s)-u\bigr)-\bigl(\alpha(\beta'(n))+r\bigr)\\ &=\alpha(-s)-r-u, \end{aligned} \] となる。右辺は $r,s,u$ の取り得る値により有限個しか取り得ないから、 \((\alpha\circ\beta)(n)-(\alpha'\circ\beta')(n)\) は有限集合に収まる。したがって $\alpha\circ\beta$ と $\alpha'\circ\beta'$ は同値である。$\square$

 スロープによる構成は、定義がシンプルかつ演算の定義が自然である点が魅力ですね。 スロープは単に整数上の写像 \(\lambda:\mathbb Z\to\mathbb Z\) であって、非線形性 \(\lambda(m+n)-\lambda(m)-\lambda(n)\) の取りうる値が有限であるという条件だけで定義されます。 この設定において、加法は点ごとの和 \(\alpha+\beta\)、乗法は合成 \(\alpha\circ\beta\) という極めて基本的な定義で与えられます。 解析的直観(有理数の完備化)や順序的直観(切断)と比べると、スロープは演算そのものに直観がある構成法と考えても良いでしょう。

 切断、有理数の完備化とスロープによる構成は(後述するスロープの大小関係を用いて)次のように対応する。 スロープ $\lambda$ に対して対応する切断 $(A,B)$ を \[ A:=\Big\{\frac{p}{q}\in\mathbb Q\ \Big|\ \overline{p}\le\lambda\circ\overline{q}\Big\},\qquad B:=\Big\{\frac{p}{q}\in\mathbb Q\ \Big|\ \lambda\circ\overline{q}\le\overline{p}\Big\}, \] と定め、また Cauchy 列 $(r_n)_{n\in\mathbb N}$ を \[ r_n:=\frac{\lambda(n+1)}{\,n+1\,}\qquad(n\ge1) \] と定める。ここで $\overline{p},\overline{q}$ は整数 $p,q$ に対応する線型スロープ $\overline{p}(n)=pn,\ \overline{q}(n)=qn$ を表す。 これらの対応はスロープの同値類に依らず、それぞれ切断および有理Cauchy列を与える。

実数の確認

 スロープにより構成した集合を \(\mathbb{R}_S\) と書き、順序体かつ条件完備性を満たすことを示します。 まず体を成すことを確認しましょう。

 \((\mathbb{Z},+)\) が可換群であることから \((\mathbb{R}_S,+)\) も可換群です。 乗法は写像の合成なので結合律は直ちに従い、単位元は恒等写像 \(\mathrm{Id}_{\mathbb Z}\) の同値類です。 従って可換性、分配律、逆元の存在の3つを示せば体であることが示せます。

補題9:スロープの積の可換性

スロープ $\alpha,\beta$ に対して、$\alpha\circ\beta \sim \beta \circ \alpha$ である。

 定理8の証明と同様に任意のスロープ $\alpha,\beta$ に対して合成の差が一様に有界であることから導かれる。 具体的には $S_\alpha,S_\beta$ を \[ S_\alpha := \max\{\,|\alpha(u+v)-\alpha(u)-\alpha(v)|\mid u,v\in\mathbb Z\,\}, \qquad S_\beta := \max\{\,|\beta(u+v)-\beta(u)-\beta(v)|\mid u,v\in\mathbb Z\,\} \] で定めれば、$|\alpha(uv)-u\alpha(v)| \le |u|\,S_\alpha$ などにより \[ |\alpha(n\beta(n)) - n\alpha(\beta(n))|\le nS_\alpha, \ |\alpha(n\beta(n)) - \beta(n)\alpha(n)|\le |\beta(n)|S_\alpha \] であるので、三角不等式と併せて \[ |n\alpha(\beta(n))-\beta(n)\alpha(n)| \le nS_\alpha + |\beta(n)|S_\alpha, \ |n\beta(\alpha(n))-\alpha(n)\beta(n)| \le nS_\beta + |\alpha(n)|S_\beta \] が得られる。ただし、二つ目の式は $\alpha$ と $\beta$ を入れ替えて同様の議論をした。 再び三角不等式と併せて、 \[ |n|\,\bigl|\alpha(\beta(n))-\beta(\alpha(n))\bigr| \le \bigl(nS_\alpha + |\beta(n)|S_\alpha\bigr) + \bigl(nS_\beta + |\alpha(n)|S_\beta\bigr) \] を得る。 さらに、$|\alpha(n)|\le n\bigl(|\alpha(1)|+S_\alpha\bigr),\ |\beta(n)|\le n\bigl(|\beta(1)|+S_\beta\bigr)$ に注意して、 両辺を $n$ で割るなどすれば、 \[ \bigl|\alpha\circ\beta(n) - \beta\circ\alpha(n)\bigr| \le S_\alpha(1+|\beta(1)|+S_\beta) + S_\beta(1+|\alpha(1)|+S_\alpha) \] が得られるから、積は可換である。$\square$

補題10:分配律

スロープ \(\alpha,\beta,\gamma\) に対して、 \(\alpha\circ(\beta + \gamma) \sim \alpha \circ \beta + \alpha \circ \gamma\) および \((\alpha + \beta)\circ \gamma \sim \alpha \circ \gamma + \beta \circ \gamma\) が成り立つ。

一つ目:

 任意の $n\in\mathbb Z$ を取ると、 \[ (\alpha\circ(\beta+\gamma))(n)-(\alpha\circ\beta+\alpha\circ\gamma)(n) =\alpha\bigl(\beta(n)+\gamma(n)\bigr)-\alpha\bigl(\beta(n)\bigr)-\alpha\bigl(\gamma(n)\bigr). \] 右辺の形から値は常に $E_\alpha$ に属する。従って \[ \bigl\{\alpha(\beta(n)+\gamma(n))-\alpha(\beta(n))-\alpha(\gamma(n))\mid n\in\mathbb Z\bigr\} \subset E_\alpha \] であり、右辺は有限集合であるので、$\alpha\circ(\beta+\gamma)\sim \alpha\circ\beta+\alpha\circ\gamma$ を得る。


二つ目:

 任意の $n\in\mathbb Z$ に対して直接計算すると \[ \bigl((\alpha+\beta)\circ\gamma\bigr)(n) =(\alpha+\beta)\bigl(\gamma(n)\bigr) =\alpha\bigl(\gamma(n)\bigr)+\beta\bigl(\gamma(n)\bigr) =\bigl(\alpha\circ\gamma+\beta\circ\gamma\bigr)(n) \] より、両辺は点ごとに等しいので、特に同値である(差は常に $0$ で有限集合に含まれる)。 以上より、両方の分配律が同値類の意味で成立することが示された。$\square$

補題11:積の逆元の存在

\(\alpha \not\sim 0\) なるスロープ \(\alpha\) に対して、あるスロープ \(\beta\) が存在して \(\alpha\circ\beta \sim \mathrm{Id}_{\mathbb Z}\) となる。

 スロープ $\alpha$ を\emph{well-adjusted}となるようにとることができる(原論文Lemma4を参照)。 すなわち、同値類のある代表元は奇関数かつ \[ -1\le \alpha(m+n)-\alpha(m)-\alpha(n)\le 1\qquad(\forall m,n\in\mathbb Z) \] を満たす。 この仮定のもとで逆元を構成する。 $C = |\alpha(1)|+1$ とし、集合 $S_v$ を $S_v = \{n \in \mathbb{Z} \ | \ \alpha(n) \geq v - C\}$ で定めれば、$S_v$ は空でなく下に有界なので最小値を持つ。 よって、最小値 $n_v$ を用いて写像 $\beta:\mathbb Z\to\mathbb Z$ を $\beta(v):=n_v$ と定めることができ、この $\beta$ が逆元に対応するスロープとなる。 まず、$\beta$ がスロープであることを示す。 いま、$n_v$ に対して、\(|v-\alpha(n_v)| \le C\)が成り立つ。 これとwell-adjusted性、三角不等式などから、任意の $v,w\in\mathbb Z$ に対して、 \[ \begin{aligned} &\;\bigl|\alpha\bigl(\beta(v+w)-\beta(v)-\beta(w)\bigr)\bigr| =\bigl|\alpha(n_{v+w}-n_v-n_w)\bigr|\\ &\le |\alpha(n_{v+w}) + \alpha(-n_v) + \alpha(-n_w)| + 2 \le |(v+w)-v-w| + 2 + 3C = 3C+5 \end{aligned} \] を得る。 $\alpha$ は同じ値を有限回しか取らないため、集合 \(\{\beta(v+w)-\beta(v)-\beta(w)\mid v,w\in\mathbb Z\}\) は有限集合に収まる。したがって $\beta$ はスロープである。 さらに、各 $v$ について $|v-\alpha(\beta(v))|\le C$ であることから \[ |(\alpha\circ\beta)(v)-v|\le C, \] すなわち $\alpha\circ\beta$ と恒等写像 $\mathrm{Id}_{\mathbb Z}$ はスロープとして同値である。 これにより、逆元が構成された。$\square$

 以上より、体の公理(可換性・結合律・分配律・単位元・逆元)が同値類の意味で成り立つことが確認できました。 次に、正負の概念と順序を定め、順序体を成すことを確認します。

定義12:スロープの正負

スロープ \(\lambda\) が であるとは、 \(\{\lambda(n) \mid \lambda(n)\le 0,\ n\in\mathbb N\}\) が有限集合であり、 \(\lambda\) が \(0\) と同値でないことを言う。

 同値なスロープは符号を共有し、正の同値類を正の実数と対応します。

定義13:実数の順序

実数 $a,b$ に対して、\(a \leq b\) であるとは正または0である実数 \(t\) が存在して \(b=a+t\) が成り立つこと、すなわち \(b-a\) が正または0であることである。

補題14

\(\le\) は全順序であり、任意の \(x,y,z\in\mathbb{R}_S\) について次が成り立つ:

\[x\le y \implies x+z \le y+z, \qquad 0\le x,\ 0\le y \implies 0\le xy\]

 対 $(\mathbb{R},\leq)$ は順序関係である。 $\leq$ が全順序(total)であることを示すには、半順序であることは直ちに従うから、完全律を示せばよい。

完全律の証明:

 任意の $x,y\in\mathbb{R}_S$ を代表スロープ $\alpha,\beta$ で表す。 差を表すスロープを \(\delta:=\alpha-\beta\) と取る。 このとき、原論文のLemma4から $\delta$ と同値なwell-adjustedなスロープ $\delta'$ を取ることができる。

  • \(\delta'(n)\in\{-1,0,1\}\) がすべての \(n\in\mathbb{Z}\) で成り立つ場合: \(\delta\sim 0\) であり \(x=y\) である。
  • ある \(n\in\mathbb{N}\) が存在して \(\delta'(n)>1\) が成り立つ場合: well-adjusted 性と \(k-1 \ge k\delta'(n)-\delta'(kn)\) から、ある正の整数 \(k\) を取れば \(\delta'(kn) > k\cdot\delta'(n)-(k-1) > 1\) が成り立つ。 従って \(\delta'\) は正のスロープであり、\(x>y\)。
  • ある \(n\in\mathbb{N}\) が存在して \(\delta'(n)<-1\) が成り立つ場合:上と同様。

これより完全律の成立が得られた。

式の部分の証明:

 一つ目の式は直ちに従うから、二つ目の式を示す。 $x,y$ が共に正の場合を示そう。 $x,y$ の代表として well-adjusted な正のスロープ $\alpha,\beta$ を取る。 $\alpha$ が正であることからある $m\in\mathbb N$ が存在して $\alpha(m)>1$ である。 \(\beta(n)\) が大きくなるにつれて、任意の $k$ に対して、$km < km + r = \beta(n)$ となる。 ここで $k-1 \ge k\alpha(n)-\alpha(kn)$ を用いると、 \[ \alpha(\beta(n))=\alpha\bigl(km + r\bigr)\ge k\,\alpha(m)-(k-1)-C \] (ここで、$C$ は余り部分から生ずる有限の補正項)となり、十分大きな $k$ に対して右辺は正になる。 したがって合成 $\alpha\circ\beta$ は正のスロープである。 以上より $0\le xy$ が成り立つ。$\square$

 最後に、条件完備性を確認します。

定理15:条件完備性

順序体 \((\mathbb{R}_S, + , \cdot, \leq)\) は完全順序体である、すなわち、任意の非空部分集合 \(S\subset \mathbb{R}_S\) で上に有界なものは必ず上限 \(\sup S\) を持つ。

 \(m\in\mathbb{R}_S\) を \(S\) の上界とする。 さらに、集合 \(S\) の元のwell-adjustedスロープによる完全代表系のひとつを \(\Delta\)、 \(m\) を表すwell-adjustedスロープを \(\mu\) とする。 \(\mu\) が \(S\) の上界を表すことから、任意の \(n\in\mathbb{N}\) と任意の \(\delta\in\Delta\) に対して \[ \delta(n)<\mu(n)+2 \] が成り立つ。 したがって各 \(n\in\mathbb{N}_{+}\) に対して集合 \(\{\delta(n)\mid\delta\in\Delta\}\) は非空であり、\(\mu(n)+2\) によって上から有界である。 そこで奇写像 \(\sigma:\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}\) を次で定める。 \[ \sigma(n):=\max\{\delta(n)\mid\delta\in\Delta\}\qquad(n\in\mathbb{N}_{+}). \] この $\sigma$ が上限となることを示そう。 まず \(\sigma\) がスロープであることを示す。 任意の \(u\in\mathbb{N}_{+}\) に対して、\(u\) において最大値を取るスロープ \(\delta_u\in\Delta\) を一つ選べば \(\delta_u(u)=\sigma(u)\) が成り立つ。 ここで、$q \not=0$ なる $p,q \in \mathbb{Z}$ に対して、その最適ユークリッド除法 $r = p:q \in \mathbb{Z}$ を $\left\lceil\frac{p}{q} - \frac{1}{2}\right\rceil$ で定める。(厳密に、有理数を用いずに表示する場合は $2p-|q|\le 2qr < 2p+|q|$ なる整数と定める。) 任意の \(p,N\in\mathbb{N}_{+}\) に対して \(q:=pN\) と置けば、 \[ \delta_q(q):{N}\le \delta_p(p)+1, \ N\delta_p(p)\le \delta_p(q)+N\le \delta_q(q)+N \] が成り立つ。前者は\(\big|{\delta_q(q)}:{N}-\delta_q(p)\big|\le1\) かつ \(\delta_q(p)\le\delta_p(p)\) から従う。 よって、任意の \(p,N\in\mathbb{N}_{+}\) に対して \[ \bigg|\delta_p(p)-\delta_{pN}(pN):{N}\bigg|\le1 \] を得る。 ここで任意の \(n,m\in\mathbb{N}_{+}\) に対して \(c:=\delta_{nm(n+m)}(nm(n+m))\) と置けば、次の不等式が成り立つ。 \begin{align*} \bigg|\sigma(n)-{c}:{m(n+m)}\bigg|\le1, \quad \bigg|\sigma(m)-{c}:{n(n+m)}\bigg|\le1, \quad \bigg|\sigma(n+m)-{c}:{nm}\bigg|\le1. \end{align*} 例えば、最初の不等式は \(p=n,\ N=m(n+m),\ q=pN\) と取り、点 \(p\) において \(\delta_p\) と \(\delta_q\) を比較することで得られる。 さらに \(|{c}:{nm}-{c}:{m(n+m)}-{c}:{n(n+m)}|\le1\) も成り立つので、 上記の三つの不等式を併せれば任意の \(n,m\in\mathbb{N}_{+}\) に対して \[ \big|\sigma(n+m)-\sigma(n)-\sigma(m)\big|\le 1+3=4 \] が成り立ち、これにより \(\sigma\) がスロープであることが示される。 いま、$\sigma$ は $S$ の上界である。 実際、\(\sigma\) によって表される実数を \(s\in\mathbb{R}\) で定めれば、 任意の \(x\in S\) と $x$ を表す \(\delta\in\Delta\) に対して、任意の \(n\in\mathbb{N}_{+}\) について \[ \delta(n)\le\delta_n(n)=\sigma(n) \] が成り立つため \(x\le s\) であるから \(s\) は \(S\) の上界である。 最後に \(s\) が最小上界であることを示す。任意に \(t\in\mathbb{R}\) を取り \(t < s\) とする。 \(t\) を表すwell-adjustedスロープを \(\tau\) とすれば、ある \(n\in\mathbb{N}_{+}\) が存在して \(\tau(n) < \sigma(n)-2\) となる。 このとき \(S\) の元を表す \(\delta_n\) により表される \(x\in S\) を取れば \(\delta_n(n)>\tau(n)+2\) となり、従って \(x>t\) である。ゆえに \(t\) は \(S\) の上界ではない。 これより、\(s=\sup S\) が成り立つ。$\square$

 本記事では、A'Campo によるスロープを用いた実数の構成法を紹介しました。 有理数を前提としない点が新鮮であるだけでなく、演算の定義が極めて自然であることが改めて分かりました。 また、完全順序体であることを示す過程には、教科書的な議論とはやや趣を異にする議論が随所に現れ、興味深い考察を含んでいたと思います。 機会があれば、他の実数の構成法と比較しながらスロープで遊んでみてほしいです。例えば、自然対数の底 $e$ はスロープでどのように表現されるでしょうか? 加えて、本稿では省略したwell-adjustedスロープに関する補題(原論文Lemma4)も併せて参照されたいです。

 注:本記事はLaTeXで作成した文書をChatGPTを用いてhtml形式に変換して作成しています。 つきましては、情報が欠落したり適切でない形に変換されている可能性があります。 注意深く検証したつもりではありますが、その欠陥について気が付くところがあれば、お知らせいただけると助かります。

参考文献

  1. Norbert A'Campo, A natural construction for the real numbers, arXiv:math/0301015 [math.GN] (submitted 3 January 2003; 10 pages). DOI: 10.48550/arXiv.math/0301015. Available at arXiv.
  2. 小澤 徹, 数の構成, 2011年4月. PDF: https://www.ozawa.phys.waseda.ac.jp/pdf/kazu.pdf.